元旦に振り返る2021年
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元旦に振り返る2021年

蒼井アオ

2021年は音楽にどっぷり浸かった1年でした。
元々音楽関係の仕事をしたいと思っていたので、本当に楽しい1年で、成長した1年でもありました。

ちょっと長くはなると思いますが、赤裸々に今年一年を振り返ってみたいと思います。

1月 モン吉×蒼井アオ初のコラボ

FUNKY MONKEY BΛBY'Sでお馴染みのモン吉さんの楽曲「君が好き」のMVを担当をさせてもらった…!

最初お話しが来た時は、思考が停止(笑)TikTokを見て私にお話しを振ってくれたみたいで、とてもとても嬉しかった…!

12月から取り掛かり、年末年始も休むことなく描き続けて、1月にリリースという超ハードスケジュールではるものの、とても楽しく、めちゃくちゃ思い出に残る作品になった…!

動画制作の方も私の方で外注するという初めての試みだったけど、大学時代に一緒にクラスを取った動画編集者のtomo watanabeくんとお仕事できてものすごく感動した…!

そして、コルクラボ漫画専科も始まり、本格的に『ストーリーを書く』ことを学ぶ旅にでる。漫画を描くというよりはストーリーの作り方が知りたくて入ったのがきっかけだったけど。(きっかけは何でもいいんだな)

2月 はじめての確定申告で悶絶

生まれて初めて…ではないけど、日本で確定申告をするのは初めてで、しかもフリーランスとして青色申告というよくわからないものを目の前に1年間帳簿も付けずに挑むという無謀な挑戦をしました。(良い子はマネしないでね)

いつも夏休みの宿題は最後の日にやるか、もはややらないかという子供だったので、こういう書類系は大の苦手。(でも絵を描く宿題系は最初にやってた。日記とか架空の日記だったな)

一方、コルクラボマンガ専科では居場所が見つけられず、なんだか孤独だった。ここにわたしいていいのだろうかという不安が突然押し寄せて…

この時ほぼ筆が持てなくなっていた。MVにかなり精力を注いでいたから、燃え尽き症候群だろう。受験で心を壊して以来、頑張ると身体が勝手に急ブレーキをかけるようになった。こういう時は休んだ方がいいと思いつつ焦っていた。

3月 縦スク漫画に挑戦してみた

この頃、縦スクマンガにハマっていた私は、縦スク漫画を描いてみようと挑戦してみた。

佐渡島さんにもお褒めの言葉をいただき、この漫画、描き続けてみよう!と思ったけど、やっぱり描けなかった。ストーリーの構成は作れるものの、絵にできなくなっちゃって。

とにかくできることをと思いながらものすごく焦りを感じていた。

4月 旦那をネタにした漫画を描く

この頃、コルクの仲間の活躍やバズるのをみてものすごく劣等感も感じ始めていた。でも、元々仲良くしてもらっていた、高田ゲンキさんや、カワグチマサミさんがいつもいつも元気付けてくれて、心を安定させてくれていた。いつも本当にありがとうございます泣

私よりもはるかにキャリアが長くて、きっと彼らもこういう時期を乗り越えたからこそ私の気持ちを汲み取ってくれて、、、私も彼らみたいな先輩になりたいと強く思った。

とりあえず描きたいことを探すためにいろいろなジャンルに挑戦した。身近なことからと思ってアメリカ人の旦那をネタに漫画を描いてみた。

旦那はすごく優しくていい人なんだけど、ハワイで育った人特有のテキトー感というか、なんくるないさ感がどうしても受け入れられず、この時、精神的にも少し不安定だったため、旦那を描きたくなくなって辞めた笑

でも、タラレバだけど、もし続けてたらフォロワー増えてたかもなーとか思う。継続は力なり(笑)

そんなこともあり、旦那とギクシャク勝手にしていたので、私の両親が福岡に連れ出してくれた。少し距離を置けば、また仲直りできるさ…と。(別に喧嘩してないし一方的に拒否ってただけだけどw)


5月 ほとんど絵を描かなかった

描いたのはクロッキーだけかな?漫画も描いてないし、なんもしてない(笑)5月はつらいっていうよりも、なんだろう…燃料入れて飛び立つ準備をしていた気がする

そう、回復期だったからこそ描けなかった。

長い長い燃え尽き症候群でした。

モン吉さんのMV作るのが直接的な要因ではなく、2年間ほぼ寝る時間も削ってずっとずっと絵を描いていて、ずっとずっと焦っていたのかもしれない。それでやっとモン吉さんというすごい方と、MVを作ると言う大仕事ができて張り詰めていた糸がプツリと切れたのだと思う。

焦ってはいけないなと、本当に本当に思う。

6月 心機一転iPadを購入。短編漫画のネームを描き切る

液タブで描いていたのだけれど、画面が大きすぎて肩こりと腰痛がひどくて、iPadを購入してみた。

最近のiPadはフル装備にするとめちゃくちゃ高い。でも、初期投資だと思うとワクワクした。

iPad買ってからコルクの卒業課題に力が入った。6ヶ月間、あまり描けなかったけど、最後はちゃんと描き切ろうと思ってがんばった。

そしてこの描いたネームを山田ズーニー先生、後藤先生、そして佐渡島さんに褒めてもらって最高の締めくくりができた。

そして、佐渡島さんに、一滴の毒みたいなものを入れてみるとさらに良くなるよ!と言われ、その毒を探す旅に出た。

毒ってなんなんだろう…四六時中ずっと考えていた。

7月 お仕事も順調に回復

SONYミュージックさんとお仕事させていただき、Matt Terryさんの「suker for you」のPVを作成。

楽曲に合わせてストーリーを描くという案件で、担当の方がものすごくサバサバしてて良い方で、絶対バズらせたい!という強い気持ちで一緒にストーリーを考えた結果、ものすごくバズった笑

TikTokで、すぐ100万Viewまでのぼり詰めて、自分でもびっくりした(笑)

この頃から音楽関係のお仕事が徐々に入り始めたかな。毎回すごく楽しく仕事ができていた気がする。

8月 コロナで自宅療養中に死にかけた義弟の話が大バスり

いつも仲良くしてくれている妹の旦那さんがコロナにかかっちまって、すごく大変だったから漫画にしてみた。

母が漫画にしてよ!というので描いたのがきっかけだったんだけど。実は保健所と結構揉めて、保健所なんとかしろ!という意味合いで描き始めた。

でも、描き手が意見をぶつけるためや、誰かを攻撃するためにストーリを描いてしまうと偏った内容になってしまうのではないか?と思い、迷った結果、中立な立場で描くことにした。

たしかにいろいろ不満はあったが、その背景にはどんな光景があるのか、想像もつかないほど彼らには過酷な現実があるかもしれないと思うと段々と描くのも慎重になっていった。

ドキュメンタリーを作るってこう言うことなんだと学んだ作品。中立でなければ、多分ここまで沢山の方に読んでもらえてなかったし、きっと誰かを傷つけていたと思う。

なるべく忠実に中立に描いたけれど、多少はやっぱり傷ついた人も居ると思う。ただ、救われた人の方が多数だと思うようにして、前を向くようにした。全員に受け入れられようなんてそもそも無理なんだと悟った。

9月 この人についていきたい、この人になりたいと思う人に出会った

公には決して出ない方で、でも業界ではものすごく有名な社長さんにお会いする機会をもらった。

初めて会ったのに、言葉にしなくても私がどんな人間なのかを理解してくれて、お会いするまでは怖い人だと思っていたのに、情深くて、優しくて、紳士的で、こんな人になりたいって思うと涙が出そうなくらいだった…!

考え方とか価値観が似ていて…なんていうとおこがましいけど、社長さんが考えていることに共感の嵐だし、私の考えにも共感してくれて。しまいには、「俺に似てるよ」と言ってくれて、最高の褒め言葉(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

のちにこの方とスキマスイッチのお仕事をさせていただくのだけれど、それはのちほど。

そして9月のお仕事は、MV、ジャケ写、PVだった…!かりんさんという駆け出しの方で、モン吉さんの所属事務所の担当さん経由でご紹介いただいて、お仕事させていただきました…!

このお仕事もなかなか大変だったけど、楽しかったし、カリンさんと知り合えたのは一生の宝物。歌声が透き通っていて本当に綺麗で一点の曇りもないような声(逆にわかりにくいw)

まだ聞いてない方は是非聞きに行ってみてほしい…!

10月 NFTを始める、スキマスイッチと打ち合わせ

何か新しいことをしたいなと思ってNFTを開始。詳しい動機は、また別の記事にしようと思う…!

ひとつひとつ髪を描いたり、小物や制服を描くのが楽しい!ストック型で、人を楽しませるようなエンターテイメント性の強いものを世に出していきたいと思った!自分も楽しいし、そうなれば自然とファンの方も楽しんでもらえるんじゃないかと思う。

そして、10月の後半には先ほどの社長さんのオフィスで、スキマスイッチのお二人と顔合わせ。開始時間は23時(笑)

ちょっとパニック症の症状が出ていて、案の定、お二人が入ってきた瞬間フラフラフラフラッ…!と倒れそうで呼吸が若干過呼吸気味になっていたけど、ここは耐えなければ多大なご迷惑を…思い、必死に堪えた。

最初の方は話が全然入ってこなかった(笑)

そして隣で歩くんが得意な絵を瞬時に描いて説明していて、社長さんも「絵描きなら文字じゃなくて絵でメモしろ」的なことを言っていて倒れそうだったwとにかく今は呼吸に集中…と思って汗だくだったw今だから暴露しちゃうけど。(よく耐えたよ、本当にw)

1時間くらいしてやっと正常に戻ってきて、死にそうだったけど、大橋さんと常田さんやスタッフさんが若干演出のことで揉めていて、酔いが覚めたと言うか、息苦しさが飛んでった。それくらいなんかすごいものを見たんだ。

夜中にミーティングが一旦終わり、スキマのお二人とスタッフさんをお見送りし、颯爽と徒歩で帰って行くお2人の背中を目に焼き付けておいた。後から込み上げてくる感動。

「私、今、スキマスイッチの2人に認識されたんだ。」

11月 ひたすら漫画制作

11月はスキマスイッチのライブに使用する漫画を制作するために全てを注いだ月だった。

ネームという大役を任せられて正直不安でいっぱいだったけど、社長さんPの支えあってなんとかやりきった気がする。

最初は、岸田奈美さんの起承転結で書かれた大まかな設定やストーリーが書かれたプロットをもらってそこから言葉、セリフ、コマ割り、細かいストーリー、構図、表情などを描いていく。

ネームというと、棒人間みたいなものでちゃちゃっと描く方もいるらしいのだが、それじゃ、次の作画を担当してる歩くんに伝わらないと思って、拙い絵ではあるけど、きちんと丁寧に一コマ一コマ描いていった。

ものすごい時間がかかった。でも、早く次に回さないといけないから、出来るだけ24時間以内に提出したいと思ってやった。

2日かかってしまう日もあったけど、自分の中ではよくがんばったと思う泣

このクオリティを保ちながら、30枚くらい描き続けるのだから、高慢かもしれないけど、自分を褒めてやりたい(笑)

11月は描きすぎて記憶が消えてる(笑)それくらいがんばったってことにしておいて(´༎ຶོρ༎ຶོ`)w

そして、佐渡島さんの言っていた毒がなんとなくわかった。私の話にはドラマがなくて、ただなんともない日常の中の小さな悲しみや喜びを漫画にしていた。個々の感情はうまく描けてはいるのだけれどストーリー自体に漫画にはなくてはならない『事件』がないのだ。それを言いたかったんだろうなと思う。

事件とは、ワクワクすること、ドキドキすることのようにこの先どうなるの???と気になるような展開のことで、それが小さい、もはやそれがないから、もっと積極的な『事件』を入れることで、パッとしなかったストーリーに面白さが加わるんだろうなと思った。

12月 人生初の武道館ライブ

12月22日。人生初の武道館ライブで、まさか自分が制作に関わった漫画が上映されるなんて誰が想像するでしょうか…

スクリーンに映し出された時はやっぱり少し感動した。でも、正直にいうと少しだけ。ここは、あとでもう少し詳しい感想を書きたい。

私の親友でもある、優奈ちゃんという可愛らしい子と、母、そして高校の時の友人みぃも武道館であのスクリーンを一緒に見た。なんだか不思議な気持ちだった。

でも、この一年でここまで成長することができたことに素直に喜びたい。自分の努力のおかげもあるかもしれないけど、でもやっぱり、沢山の人に支えられてここまでこれたなと思う。

特に今回のスキマスイッチのライブのお仕事は、社長さん、その会社の皆様、そしてコルクの関係者の方、特に長谷川ぴろしさん、、、陰で支えてくれた方の努力と支えがあったからこその成功だと思っています。

スポットライトが当たるのは表に出る人になっちゃうけど、その裏でがんばってる人がこんなにもたくさんいるんだと改めて認識できたお仕事でした。

1人じゃ無理だもん。

だから、本当に全ての出会いと、全ての方の努力に感謝したいと思った一年の締めくくりでした。

ありがとう!本当に、感謝でいっぱいだ!



以下、おこぼれ話を少し。

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どんなに暗くても、星は輝いている エマーソン
蒼井アオ
1991年生まれ沖縄・福岡・埼玉で育ったイラストレーター。2019年イラストレーターとして活動開始。2020年1月より塾講師を辞めフリーランスに。noteではSNS運用についてやイラストレーター・漫画家に役立つ情報を発信します。公式ウェブサイト▶aoikamoe.com